2011年12月 4日 (日)

長い道のり

インド出張、2週間の予定が延長されて7週間に。今度の金曜日に帰国予定だが、今の進捗状況から考えるとどうなるか。

今日はデリーへ買い出しに行って来た。

普段、駐在員の人たちと一緒に6~7名で行く時は、大和屋(日系コンビニ)→韓国食材店(冷凍の魚介類や、インドでは入手しにくい豚肉が買える)→IMA(小さな商店が密集している場所、ここで新鮮な野菜を買う)→アンビエンスモール(大型ショッピングモール、ここで昼食)→スペンサー(スーパー)というルートを辿ることが多いが、今回は支援者2名だけでの買い出しのため、大和屋→アンビエンスモール→サハラモールという予定で出かけた。

実は今回、最も重要だったのがこのアンビエンスモールだ。

インドでは州ごとに酒税が異なり、会社やアパートの近くでビールを買おうとすると割高となるため、デリーへ出かけた際に買うことが多い。大和屋でもビールは買えるが、ここではなぜか酒類だけクレジットカードが使えない。手持ちのルピーが少なくなってきたため、アンビエンスモールの中にある、カード決済のできる酒屋に行きたかったのだ。

今日の運転手には、以前「デリーのアンビエンスモール」に行ってくれと言ったのに「グルガオンのアンビエンスモール」に連れて行かれたことがあったので、大和屋を出た後、「グルガオンではなくデリーのアンビエンス」と60回くらい念押ししたにもかかわらず、今日もグルガオンのアンビエンスに連れて行かれた。

といっても、ここもかなり大きなモールなのでもしかしたら酒屋があるかもしれないと思い、インフォメーションで聞いてみたのだが、ほとんど聞き取れない。辛うじて「4th floor」というのが聞き取れたので5階に行ってみると、「酒が飲める飲食店」はたくさんあるものの酒屋はどう見てもない。

同行者の許可を得て、運転手に再度「デリーに戻ってアンビエンスに行ってくれ」と言ったのだが、「アンビエンスはここじゃないか?」と、いまいち分かっていない様子。大和屋でもらった情報誌の、「居酒屋」という日本料理店(アンビエンスの中にある)のページを見せて、「ここだ」というと「知らない」という。

だが困ったことに、私もアンビエンスへの道順は知らない。「とにかくデリーに戻って、あとはリクシャーのドライバーにでも聞いてくれ」と、やはり30回くらい言ったのだが、なぜか大和屋に逆戻り。大和屋の女将さんに地図を描いてもらい運転手に見せてもやはり駄目。結局、ビール(自分の分以外に2ケース頼まれていた)は同行者に借金して購入。頼まれていたラム酒は諦めた。

道中タクシーがパンクして、そこでも少し面白いことがあったのだが、それは別の機会に。

長い道のりであった。

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2011年10月27日 (木)

休日

北杜夫逝去。またひとつの時代が終わったと感じる。

先週日曜から、またインドに来ている。本来来るはずだった人がVISAを取得できず、その人が来られるまでのピンチヒッターをやることになったのだ。

本日、インドはディワリという休日である。現在、アパート内の公園では恐ろしい勢いで花火が揚げられており、テレビの音も聞こえない。時折、花火の振動で誤作動した車の盗難警報装置の音が聞こえてくる。

このディワリというもの、インド人にとっては元旦くらいの感覚なのだろうか。インド全土が本格的に休みになるようで、会社が休み(今日から3連休だが私は明日と明後日は15:30~24:00の変則時間で出勤予定)なのはもちろん、町に買い物に出るための車の手配も不可能。アパート内のコンビニも閉まっていた。

さらに困ったのは、コックが昨日から4連休を取ってしまったことだ。今回の出張期間は2週間の見込みであることと、前回食料関係ではほとんど困らなかったため、今回はふりかけくらいしか食料を持ってこなかったのだ。

幸い、昨日の帰りにスーパーに寄ることができたのと、ビールは3連休を利用して海外に行く人に分けてもらい、また今日の夕食は工場長の部屋でご馳走になったので、コックが帰ってくるまでなんとか「明るい食料計画」で過ごせそうだ。

考えてみれば日本でも、元旦に普通に買い物できるようになったのは、それほど昔の話ではない。案外、これが本来の姿と言えるのかもしれない。

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2011年9月24日 (土)

貸切

木曜日に、久しぶりに映画館に行ってきた。

映画のタイトルは「ピンク・スバル」という。従って、映画館に電車で行くという選択肢は最初から存在し得なかった。地元のシネマイーラあたりでやってくれればいいのだが残念ながらその予定はないようで、神戸の元町映画館までレオーネで(途中、事故渋滞に巻き込まれたりして5時間かけて)行った。

地元のホームセンターを覗いたりしつつ、開演20分前に現地到着。少し外で待ち、10分前にスタッフに呼ばれて入館。60席ほどの客席には自分が一番乗りだったので、中央付近の、一番画面が見やすそうな席に陣取った。

だが、そのあと別の客が入ってくる気配はない。やがて開演時刻となり、映画は私一人のために上映された。

貴重な経験であったと思う。

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2011年9月20日 (火)

子供は見ている

以前、京都の大文字焼きに被災地の松を使おうとしたところ、放射能を恐れた市民からの反対で中止になったというニュースを見たが、日進市の花火大会でも、被災地産の花火の使用が放射能を恐れる輩の苦情で中止になったらしい。
京都のときは「他人事」のように思っていたが、愛知は私の出身県であり、日進市在住の知人もいる。そんなところでこんな情けない事件が起こったことを腹立たしく感じる。

長年愛用したソニーのカーナビ「NVX-DV609」が、ついに動かなくなってしまった。後継機として、散々迷った末、車から取り外して歩行用ナビとして使用できる機種のうち、一般的なゼンリンのカーナビ用地図に加え国土地理院の地形図も表示できるソニー「NV-U37」を購入した。

先週土曜日に入れ替えを実施。新しいカーナビはポータブル型のため、取付は1分で完了したが、旧いカーナビは本体が助手席下、チューナが運転席下、TVアンテナのブースターがグローブボックス裏と分散している上、アンテナ線はピラーガーニッシュの下、本体とモニタを接続するケーブルはセンターコンソール下に隠してあったため、あちこちを分解せねばならず、取り外しに2時間かかった。おまけに途中で雨が降り出し、大汗かいての作業となった。

アパートの駐車場で作業していたのだが、その途中、同じアパートの人のヴィッツが隣に止まった。やがて、そのお宅の3歳くらいの男の子が私の傍にやってきて「なにしてるの~」と話しかけてきた。壊れたカーナビを取り外している旨説明したが、タイラップの切れ端や配線止め金具の残骸が気になるようで「これな~に?」と何度も聞かれた。

こちらのお宅は、平日はヴィッツに乗っているが、休日になるとご主人がワーゲンバスのキャンパーを持ってくる。この子もきっと、ご主人がワーゲンバスのメンテナンスをしているところを間近に見ているのだろう。

以前、れおねすと氏が自宅ガレージでレオーネをメンテナンスしていたら、娘さんが近くに来て、消防車のおもちゃを鋸で切り始めたという話を聞いたことがある。また、里山ルネッサンスのSさんも、息子さん(今頃は高校生くらいだろうか)が幼いころ、十字レンチを引きずってきて車のホイールの穴に突っ込んで遊んでいたという話を聞かせてくれた。やはり子供は大人のすることをよく見ているのだ。(余談だがこのSさん、子供たちが私の車を見て「これな~に?」と言ったとき、「これはレオーネ。お母さんが学生だったときの車だよ」と話していた)

ヴィッツのお宅の子とバイバイしたあと、子供たちの悪い手本にならないよう、いつもより念入りに周囲を掃除した。

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2011年8月30日 (火)

滞在期間

本日午前中の会議で、「今の進捗状況から言って、9/2に帰られたら困ってしまう」という話が出た。

覚悟を決め、帰国日を9/27と仮置きし、日程表を組み直した。

帰り際、延長手続きについて駐在員の人と話していたら、工場長から「ダメだ!」と一喝された。結局、予定通り今週金曜日の飛行機に乗ることになり、それまでにやれることを確実にやる、ということになった。

早く帰れるのは嬉しいが、明日から頑張らねば。

ここまで長く滞在した挙句、n=30も見届けずに帰るというのは技術者としてどうなのか?という思いもあるが、まあ、あまり深く考えないことにしよう。

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2011年8月27日 (土)

いろんなことがある

件の加工設備だが、結局8/10に届いた。お陰で私の帰国は9/2に延期(当初は9/7と言っていたが、航空券の有効期限が9/3で切れてしまうため)となった。

その後も初工程のZ軸エンコーダが潰れていたり、いろいろあったが、なんとか今日、n=1を三次元に入れることができた。

ところで昨日聞いた話だが、新しい鋳造機を積んだトラックがムンバイからこちらに向かう途中で横転したらしい。

インドはいろんな事が起こる国だ。

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2011年7月31日 (日)

遅れ

7月20日からインドに来ている。

インドにあるグループ会社で新製品の立上の支援を行うためなのだが、最も重要な設備であるマシニングセンタが、本来なら8日に到着しているはずのところ、税関で引っかかってしまい、今日現在、まだ到着していない。

一体いつになったら、立上業務に着手できるのか。

そして私は、予定通り8月13日の飛行機で日本に帰れるのだろうか。

写真はナショナルハイウェイを闊歩する牛さんたち。

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2011年6月18日 (土)

キモい

方言というのも、いろいろ興味深いものである。

当地では、「後ろ」のことを「うら」という。よく笑い話として引き合いに出されるものに、車の後部座席に乗ってもらおうとして「うらに乗って」と言ったところ、相手は「車底にへばりついてくれ」と言われたと思って考え込んでしまった、という話がある。

先日、ある人が設備立会に行った際のメモを見せてもらったのだが、その中に「基準ピンがキモい」という記述があった。

しばらく経ってから、その言葉は「差し込みが固い」という意味の方言であるらしいと分かったのだが、分かる前は「気持ちの悪い基準ピンとは、いったいどういうものなのだろう?」と、いろいろと考え込んでしまった。

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2011年5月28日 (土)

タイヤ

昨日、トイレの水を流したら、「バシュ、バシュ」と空気の漏れるような音と共に水流が脈動し、続いて赤水が出た。
数日前、ポストに「受水槽清掃工事に伴う断水のお知らせ」というのがポストに入っていたのを思い出して状況を理解したが、夜中にいきなりこんなことが起こるとびっくりする。

最近、出勤時に青いラダ・ニーバをよく見かける。この車、どことなくレオーネに通じるところがあって昔から興味はあったのだが、現在でも200万円で新車が買えるということを最近知って、気になる存在となっている。

昨日、信号待ちで止まっていたら、その青いニーバが斜め後ろに止まった。眼鏡をかけた真面目そうな人が運転していた。

このニーバという車、ヘッドライトの上についたウインカーが眉毛のように見える独特の顔つきや、旧ソ連の車という生い立ちから、かわいくて珍しい車という捉え方をする人もいるようだ。

だが、その青いニーバのオーナーは、そういう人ではないようだ。というのも、「そういう人」ならまず間違いなく静かで乗り心地のいいHT系タイヤを選択するのに対し、そのニーバは下駄山を履いていたからだ。それも、かなり泥で汚れていたことから考えると、ニーバ本来の性能をきちんと発揮させるような乗り方をしている人に違いないと思った。

ボーイスカウトの創始者ベーデン・パウエル卿の教えの中で、服装より靴を見たほうがその人の人となりがわかる、というのがあったと記憶しているが、案外、車でも似たようなものかもしれない。

ニーバのオーナーさんと一瞬目が合ったが、彼は私と私のレオーネのことをどう感じたのだろうか。レオーネのタイヤはインターステートの「ツーリングIST-1」という、中国製の激安品なのだが。

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2011年5月19日 (木)

バリケード

会社の女子ロッカー室の入り口には、これまで茶色い半透明の衝立が立っていたのだが、一昨日、紺色の布張りの衝立を2枚L字型に組み合わせたものに変わった。我々が男子ロッカー室に行く通路に大きく張り出し、「邪魔だな」と言っていた人もいたが、昨日には4枚の衝立をコの字型に組み合わせたものに変わり、次第にバリケードの様相を呈してきた。

当然、通路への張り出しもさらに大きくなった。午後10時ともなれば会社の廊下も暗くなり、昨日の退社時にこのバリケードにぶつかりそうになった。

面白いことに、3回の女子ロッカー室はそんな風にバージョンアップしているのに、2階の女子ロッカー室の入り口は従来の半透明仕様のままなのだ。2階にいるのは設計部隊なので、そういう理系女子たちはあまり細かいことを気にしないということだろうか。

それとも、3階には、よほど見られたくない何かが隠してあるのだろうか。

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